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新英語教育研究会神奈川支部HP

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黒川泰男先生を偲ぶ(1) 雑誌に寄稿

タイトル:黒川先生の英文法を受け継いで
■先生と私
昨年8月31日に79歳で亡くなられた黒川泰男先生(元・大阪電気通信大学教授、以下「先生」)は「英文法研究はあなたに任せたよ。僕はエッセーを書く」とおっしゃって、コスタリカ、フィンランド、ベトナムなど9カ国を歴訪、奥様の描かれた美しい挿絵の入った『世界ふたり旅』(三友社出版)を上梓され、英文法から距離をおかれていましたが、亡くなられる1ヶ月前の新英研全国大会の文法分科会に、冠詞を扱った新刊書を手に車椅子で参加され、英文法研究への変わらぬ情熱を私たちに示してくださいました。本稿では『英文法再発見(上/下)』『英文法の基礎研究』(共に三友社出版、以下『再発見(上/下)』『基礎』)などの研究書を著わされた先生の観点(●印)を私がどう受け止め、提案したいか(★印)を記します。

●価値体系としての文法は「詩と散文の間」にある
買い物英語ではなく「美しい英詩」、身辺雑事に関する対話文ではなく「心に残る物語」を先生は重視されている(本誌98年5月号)。そして「文法は数式のように没価値(価値や感動を伴う文学とは異なる)」という主張に対して、あくまでも「短い文法教材であっても深い意味を持ち、できれば感動を誘うものでなければならない」「詩と散文のあいだを縫っていくような英文法を」とお考えでした(本誌98年7月号)。先生は昨年の文法分科会で、チェーホフ『犬を連れた奥さん』の一節をロシア語で暗唱、「連続するアの音が美しい」と指摘されていましたが、こういう美しさを英語教材にも求めたいです。また「文法は独立した時間を設けて教えるべきだ」と先生はお考えでしたが、その方向に時代は動くと信じています。

●「コミュニカティブ・グラマーへの道」
『再発見』の副題は「コミュニカティブ・グラマーへの道」ですが、先生は『基礎』で研究を進められました。私はこれを「話すための英文法」と解釈しています。その鍵は、動詞の使い方では「現在進行形で言う予定とI will doで言うその場の決意との使い分け」、名詞の使い方では「一般的な種類を話題にする無冠詞と具体的なa/an/someの使い分け」だと考え、後者は先生のお力添えで本誌2006年9~11月号連載「英文法ルターの提案」で結実しました。
★例文は「発話状況がわかる」「2文構成」で
「文法教材には超歴史的によいものと同時代的によいもの2種類ある」とおっしゃる先生が教えてくださったのは日常的な例文の選び方、文法練習問題の提示の仕方です。

例1)場面設定(ト書き)が付いている例文
・The salesgirl: Yes. Madam, I’m quite sure you’ve made a very good choice. 
売り子:「ええ、奥様。お目が高いですわ。」

例2)生き生きした感情のあふれる例文
・Ouch! It’s hot! I’ve burnt my fingers/tongue!
「あちっ! 熱い! 指を/舌をやけどしちゃった!」(状況が浮かびます)

例3)2文構成:命令+気持ち、状況+意見など
日本語は話し手が「寒いね」と言うと「窓を閉めて欲しいのか」と聞き手が話し手の気持ちの広い行間を埋める「1文構成」ですが、英語は言うなれば行間が狭く「寒い。窓閉めて」まで話し手が言ってしまう「2文構成」のリズムです。
・Speak in a low voice; we don’t want to be overheard.
「低い声で話して。聞かれたくない」
・Doesn’t she look cute in her new jeans! They’re fantastic.
「彼女、新しいジーンズ履いてカワイイじゃない! あれ、素敵ね」

例4)フランスの辞書らしい「大人感覚」
・What! You’ve never heard of Churchill?
「なにっ! チャーチルを聞いたことがない?」
・His politics are so filthy I wonder why anyone votes for him!
「彼の政治手腕は汚い、なんで投票するのかね!」(該当者多数?)
・They’re striking for a 35-hour week.
週35時間労働を求めストライキしている。(権利意識!)
・ Claire loves her cat/her house more than her husband.  
クレールは夫よりもネコ/家を愛している。(さもありなん…)

 以上はフランスのラルース社の英英辞書に先生が下線を付された例文を中心に紹介しました。先生は海外旅行の際には書店で教科書・教材を収集され、「子ども用の辞書や他言語話者のための英語辞典の用例がいいよ」とおっしゃっていました。私が憂うるのは電子辞書が普及したその裏で中立的で無味乾燥な例文が増殖したこと。有名な『新明解国語辞典』のように主観的記述を読んで「笑える」辞書が生きにくい時代です。私は先生がお好きだったロングマン英英などから例文を今後も収集します。

●海外の教科書・教材の巧みさに学ぶ
大学でロシア語を専攻された先生はロシア英語教員向け雑誌『English』(www.1september.ru  8割が英語で書かれており私たちも読める)を購読され、開かれた視点をお持ちでした。

★ロシアの教科書は提示が巧み
例)by+交通手段(9~10歳向けBook 3 p. 19)
Some pupils go to school by bus. / Some pupils go to school by train. / Some go by car. / Some go on foot. / But no one goes by plane.
(話のオチがあるところがロシアっぽい?!)

★文法項目を2つに取り上げて「流れ」を作る
例1)命令文から現在完了形へ流れを作る
オーストリアの教科書(『基礎』p. 311)には「手を洗いなさい」→「手、洗ってある?」の練習題がある。「母親が子どもたちに言う。その後で子どもたちに訊く」という発話状況を示す指示がついている。
Mother says to her children →Then she asked them
Wash your hands! →Have you washed your hands?
Polish your shoes! →Have you polished your shoes?
Sweep your room! →Have you swept your room?
例2)現在形から現在完了形へ
Bill He is
has been sick.
sick for the last five years.
(Murphy, Basic English in Use, Cambridge p. 35)
同様に現在進行形から現在完了進行形もできます。このような提示を系統的に確立したいです。
例3)現在完了形から(過去の時点+)過去形へ
マルチネ(A Practical English Grammar)の「新聞や放送では現在完了形が過去形の導入として使われる」という一節を先生は引用されている(『再発見(下)』p. 56)。現在完了形が現在時制から過去時制の橋渡しになることは談話文法の観点からもっと意識されていいと思います。

★ロマンチシズムと「大人のセンス」を教科書に!
 ロシアの教科書『English 10-11』(www.prosv.ru)は厚さ(2センチ弱)もさることながら内容が濃く、Unit 2では、2-1で英米の政治体制とロシアと比較、2-2でオーウェル『動物農場』の抜粋を読み、2-3で政治家の資質をA politician should be ambitious / power-loving / gifted.のような観点で考えさせ、 2-4で「法王は聖職者で政治家だ。ローマカトリック教会の首長でバチカン市国の長でもあるから」と書いた後、「多くの歴史家は戦時中に法王はホロコーストを止めようとしなかったと考えている」という新聞記事を読ませ、「聖職者は政治に関わるべきだと思いますか+理由」を最後に問うています。政教分離という問題を英語で考えさせる…、こんな高度な教育をしているロシアの隣国「日本」(勝たなくてもいいから負けないで…)。愚民教育に荷担するかのような日本の教科書、変えましょう!
 30年下の私に助言のみならず貴重な研究書を下さった先生のお気持ちに応え、「センスのある大人になれる英語教育」を求め、「英文法の復権」を日本の英語教育の中で果たすことをここに私は誓います!


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